何をもって「理想的」なのか

 前述のように、チューンナップはより高いレベルでスキーイング動作を行うことができるようにブーツを加工して自分の「条件設定」に合わせていくものです。

 ここで、ちょっと哲学的な問いかけが生じます。それは、何をもって理想的なのか、ということ。理想の基準はどこにあるのかということを抜きに、チューンナップ(Tune Up)とは言えません。つまり、チューナー(作り手)が、理想を理解し、それをクライアント(プレーヤー)と齟齬なく共有できる状態でなければ、それはコンパスと地図を持たずにジャングルの中に放り込まれることと同じようなものです。

 さて、そこで問います。チューンナップで最も大切なコアの部分は何でしょうか。究極的にどうなるのが良いのでしょうか。

 答えは、ひとつです。

 それは、「原理原則」をしやすくすること。

 理解を深めるために、もうひとつ問います。スキーはどうやってターンしますか? プレーヤーがしなければならないことは何ですか? SYROではご来店いただいたお客様にほぼ毎回このようなちょっと意地悪な質問をします。そして返ってくる答えが、「外足一本で踏む、エッジを立てる、ターンの内側に傾く…」、だいたいこんな感じ。でも、私が聞きたいのは方法論ではなく、もっと根本的な部分、原理原則です。

 スキーはトップとテールに比べてセンターの幅が細く設定されていて、いわゆるサイドカーブというクビレがあります。スキーを傾けるとセンターは雪面から浮きますが、スキーの面に対して垂直に力を加えると、スキーはたわんで(しなって)センター部分も雪面に接地(接雪)します。この時のエッジの接雪線のカーブに沿ってスキーを進行させることでスキーはレールに乗った車輛のように円運動(ターン)を行います。(慣性・迎角・反動などの詳細は後述)

 スキーの傾きが小さい場合はサイドカーブに近い回転半径となり、スキーの傾きが大きくなればなるほどたわみ量が増えるので、サイドカーブよりも小さな回転半径でターンできるようになります。これが、スキーでターンする仕組みであり、プレーヤーがすべきことは?というと、「スキーをたわませる(しならせる)こと」、これに尽きます。プレーヤーの唯一の仕事は、スキーをたわませること、になるのです。

※これはあくまで、カービングターンを想定してのものです。ターンするだけなら、ずらしでも可能で、トップよりもテールをたくさんずらすことで、スキーの方向を変えることができます。いわゆるスキッディングターンというものです。

 スキーをたわませる方法は、いろいろあります(後述)。その仕事のやり方は人それぞれ個性があり、同じでないことが本来の姿です。たとえば、アルペンスキーの技術系種目でトップの座を奪い合うマルセル・ヒルシャー(AUT)とヘンリック・クリストファーセン(NOR)、シルエットもライン取りもまったく異なります。身体的な特徴や使う道具の性質がそれぞれ違うので同じになるはずがない。これが個性です。でも、要求されたセットを最終的にはほぼ同じタイムで滑り降りてきます。「今の自分(身体と道具)だったら、どう動いたらどの程度のスキーのたわみ(しなり)を作ることができるか」という課題に1ターンごとにまったなしで向き合い、ある意味イレギュラーの連続ななかで、瞬時に「だったらこう動く!」と最善をチョイスする。結果、瞬間瞬間のスピードは違えど、スタートからゴールまでのタイムは100分の1秒差だったりする。ここがスキー競技の妙であり最大の魅力なのですが、要は、彼らがやっていることは何かというと、自分の思い描く理想のラインをトレースするために、自分の体を使ってスキーをたわませているということ。

 この「たわませる」ための動作(仕事)をしようとしたとき、「スムーズに」、「的確に」、「効率よく」行うことができるように、ブーツの強度や各種アングルをプレーヤーの「今、あるいは近い将来」に合わせる加工をする、これがチューンナップの目指すべき方向性であり、コアの部分です。

 余談ですが、多くの人はスキーをたわませる努力が不十分で、スキーに対して上から目線で「おい、ターンしろ!」とか、「頼む、ターンして~」と念じているだけで全然動いていない。思ったところで思っただけのターンがほしければ、そのための努力(スキーを傾けてその面に垂直に力を加えてスキーをたわませる)をしなければ、それは無理ってものです。一番偉いのはプレーヤーではなくスキー“様”で、プレーヤーはスキー様がターンするように働かなければならないという理解が必要です。

(将来、AIの発達とスキーに小型の動力の搭載が可能になったら、スキーがターンに必要なたわみを自動で作ってくれる夢のようなスキーも開発されるかもしれませんが、スキーがバランスを無視して勝手にターンしたら体がおいてかれてぶっ飛びそうな気もしますね…。)

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